感情との向き合い方

違いを知ることは自分を知ること、ゆるす土台を作ること、愛すること

違いを知ることは自分を知ること、ゆるす土台を作ること、愛すること
なかのちはる
なかのちはる
自分を知るためには、他人が必要です。
他人の存在が「違い」を教えてくれるから。
その違いを受け入れたとき、他人のことも自分のことも認め受け入れられるようになります。

他者との違いが教えてくれるもの

地球は相対性の星。コントラストを楽しむための星なのです。
もしこの世界に自分しか存在しなければ「自分を知る」必要はないし、知ることはできません。
なぜなら、それは他人がいて初めて生まれるものだから。
他人がいて、自分との違いを知るということは地球を楽しむことでもある。そして、それこそが「ゆるす」土台になるのです。

自分の価値観、相手の価値観は違って当たり前

離婚の理由によく挙がる「価値観の違い」という言葉。
もちろんそれが苦痛だとしたら離婚も仕方がないこと。ただ、違って当たり前だと分かっているかいないかで人生は大きく変わります。
頭では「価値観は人それぞれ」だと考えていても、肚落ちしているかどうかがカギになるのです。

価値観といってもたくさんありますが、例えば夫婦2人で次の5つの項目に”大切にしたい順”をつけたとき、全く同じになる夫婦の方が少ないはずです。

・時間
・お金
・スキンシップ
・信頼
・会話

また相手の”大切にしたい順”を把握できている人もそう多くはないのではと感じます。
日常の中で、それぞれが大切にしたいものの違いを知ることは、相手を尊重し敬うためにも不可欠なことです。
「夫婦だから当たり前」になってしまっていると相手の些細な言動がゆるせなくなってしまいます。
自分の価値観を知り、相手の価値観を尊重することは幸せな人間関係の土台でもあるのです。

「常識」は一人ひとり違うのものだという前提が大切

価値観のほかに人それぞれなものに「常識」があります。
・出されたものは残さず食べる。
・バスタオルは毎日変えるもの。
・遅くなる時は連絡するのが礼儀。
などなどなど…人の数と同じだけ「常識」があり、人によって「普通」が変わるものなのです。

ただ自分の「常識」や「普通」というものは、自分の”当たり前”なので人と違うという認識を持ちづらいものでもあります。
意識していないとつい「普通は~~でしょう」とか「普通は~~しないでしょう」と考えがち、言ってしまいがち。

そうならないためには普段から「価値観や常識は一人ひとり違うもの」という前提の意識を持つことが必要なのです。
それは、自然と「余裕」にも繋がります。
「あなたはそうなのね」というスタンスでいられるからです。
「あなたはそう」「わたしはこう」という前提が生きやすさを生むんですね。

自分を知るために存在してくれている「嫌な人」

生きていれば「信じらんない!!」という人やひどいことをする人など、いわゆる「嫌な人」に会うこともあります。
そんなとき、その人たちに対して怒りをぶつけても仕方がないし、その人たちをどうにかしようとコントロールすることは苦しみしか生みません。
本来の対処法からズレているからです。

「嫌な人」の存在は、実は自分を知る素晴らしい機会なのです。
それが理解できて、活用できるようになると人生がより楽しくなっていきます。
その考え方と活用法をお伝えしますね。

感情にのまれてしまうだけでは何も得られない

「信じらんない!!」という人は、自分の価値観や常識から外れている人ですよね。
人は一人ひとり違う、と分かっていても、あまりに違い過ぎると哀しみを通り越し怒りや苦しみを生むことになるのです。

そんなときは、まずその感情を思い切り感じましょう。
自分が「イヤだ」「哀しい」「ムカつく」「苦しい」と感じているその感情をそのまま認めてあげてください。
間違っても「そんなこと思っちゃダメ!」とか「大人なんだから」みたいにせっかくの自分の感情を否定しないでくださいね。
あなたが感じたことはすべてOKなのです。
そうやって感じ切ることで、感情のエネルギーが身体の外にでていきます。
大切なのは「溜め込まない」ことです。
溜め込むと感情から解放されづらくなるうえに、感情に支配されてしまいます。
感情にのまれたままだと、せっかくの「自分を知る」機会を活用できなくなってしまいます。
感情は、感じて認め受け入れることで癒され浄化されます。
しっかりと感じ切ってあげましょう!

「イヤだ!」=自分軸とのズレ

感情を感じ切っても「いやだ」と感じることがなくなるわけではありません。
そんな時、大切なのは「相手をジャッジしない」ことと「相手をコントロールしようとしない」こと。
自分も相手も”あるがまま”でよいのです。自分から見たら「信じられない」ことでも、相手にとっては「普通」なことなんて、いくらでもありますから。

ここで基準にするのは”正しさ”ではなく、”快不快”です。
「正しくないから」ではなく、「ただ自分は嫌い(不快)」だから「いやな」だけなのです。
それなら、相手をどうにかする必要は無くなりますよね。相手を変えるのではなく、自分の「嫌い」「不快」に感じる感情の原因を探ればいいのです。
そこにあるのは、思い込みや想念と呼ばれるもの。思い込みも想念も、ゆるむほど生きやすくなります。
「いやな人」が見せてくれる「イヤ!」は自分軸とのズレそのもの。思い込みや想念のヒントなのです。
いやな相手をいやじゃなくすには、相手が変わらなければならないわけではなく、自分の思い込みや想念をゆるめればいいだけなのです。

大切なのは「どうするか」より「どう在りたいのか?」

課題を目の前にしたとき「どうしよう?」と考えてしまうと、その課題に振り回されてしまいます。
課題は解決するために現れるのではなく、その課題をなぜ課題だと感じるのかを知ることが根本的な解決です。
例えば「不倫」という課題を前にしたとき、不倫をどうにかしようとするほど苦しくなるのはそのせいです。
不倫という課題を前にしたときすべきことは「どう在りたいのか」「どう生きたいのか」を改めて感じ考えることなのです。
そのために不倫が起きているといっても過言ではありません(笑)。

不倫をした相手を責めても、不倫をやめさせたとしても、反省させても、自分が在りたいように在り、生きたいように生きられないなら苦しみはなくなりません。
不倫をされて「なぜ傷つき」「なぜ悲しくなり」「なぜ怒りが湧き」「なぜ苦しくなり」「なぜ涙が出る」のか。
そこにあなたの思い込みや価値観が在るのです。それらは大抵いらない思い込みや価値観です。
「そろそろその思い込み捨てたら?」「自分の本当の価値を認めたら?」というメッセージが不倫なのです。

不倫に限らず「課題」がおきたとき、その課題をどうにかしようとするのではなく、その課題をきっかけに「どう在りたいのか」を再確認してみましょう。

違いを受け入れたとき、起こること

違いを受け入れられるようになると、感情に反応することが減ります。
ベストセラーにもなっている草薙龍瞬著「反応しない練習」にもありますが、すべての「苦しみ」は、自分が「反応する」ことから始まるのです。
違いを知ることで、無駄に反応することが減ります。
それだけで、ストレスは減り格段に生きやすくなるのです。
そして、その違いを楽しめるようになること自体が「地球の楽しみ方」でもあるのです。

「みんなちがってみんないい」の本当の意味

反応することの前段階にあるのが「ジャッジ」です。
正しい、間違っている、悪い、良い、など人によって「正義」は違うもの。
この「正義」が曲者なのです。なぜなら、正義は「愛」の対義語だから。
正義そのものが悪いものではなく、人それぞれ正義も違うのだと理解できていないことが課題なのです。
正義すら「みんなちがってみんないい」もの。
それがそのまま個性なのです。その個性が地球という星の楽しさでもある。

相手を知ることは、違いを知ること。
違いを認めることは、相手を認めること。

これが互いにできている状態が「みんなちがってみんないい」という、自由な在り方なのです。

違いを楽しめると生きることそのものが面白くなる

違いがあって当たり前だと肚落ちしていたら、違いそのものが課題を生むことがなくなりますね。
違いを「イヤだ」と感じるのなら、自分の思い込みや価値観を見直すきっかけにする。
自分の思い込みや価値観がゆるむとどんどん生きやすくなるので、生きることそのものを楽しめるようになります。
また他人と自分を比べるということが減るので「わたしなんて」という考え方もなくなっていきます。
すると、自分のやりたいことをどんどんできるようになります。

互いの違いを認め合うことは「相手のため」ではなくて、自分のためなのですね。
他人を知り認めることが、より自分らしくいきる前提になるなんて、地球は本当に相対性の星ですよね。

「あなたはそうなのね」がゆるす基本

「ゆるす」ということは、人間の生まれ持った課題でもあるとわたしは考えています。
それは他人をゆるすように見えて、実は「自分をゆるすこと」なのです。
「他人をゆるす自分をゆるす」ことができると、残るものは「愛」です。

他人をゆるし、自分をゆるすということは「存在そのものを認めること」です。
どうあってもいい、どんなことをしてもいい、ただ認めること。
あなたはそのままで在ればいい。それが「愛」だからです。

その基本が「あなたはそうなのね」という捉え方です。
それはある側面から見ると諦めや失望にも感じるかもしれませんが、わたしはそれが「受容」なのだと考えます。

違いを知ることで自分を知る。
違いを認めることでゆるせる。
違いを受け入れることであらゆることを受容できる。

それが本当の「愛」の在り方なのだと感じます。